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YHIAISM ENTREPRENEURSHIP AWARD 受賞

『沈みかけた船で泳ぎきる才能の支援 若手現代美術家の国際進出支援事業』

領域:現代アート

渡邉陵平
某画家のチーフスタッフ
株式会社jabr設立予定

現代アート領域で活躍し、画家のチーフスタッフとして活動してきた渡邉氏は、業界への課題意識や、その解決のための手段としてビジネス及び経営に関心を持ち、本プログラムに参加した。当初組成されたプロジェクトチームから方向性の違いにより独立するものの、若手現代アーティストの国際進出支援構想を独自に進め、結果、YHIAISM ENTREPRENEURSHIP AWARD を受賞した。

 

文化芸術とビジネスとの関係性は「水と油を混ぜるようだった」と語る。デモデイ(最終発表)での発表タイトルも、資本主義とアーティストの関係性を描写し『沈みかけた船で泳ぎきる才能』と名付けた。プログラム内での葛藤から、非常事態へのレジリエンス強化にこそ文化経済の本態があると思い至ったという。インキュベーションプログラム内の些細な違和感や疑問を含めた全てに意味があったと振り返る。

茶室のような、平等な関係性を築く場としての機能

千利休のつくった茶室に「にじり口」というものがあります。どんなに偉い人でも屈まなければ入れません。万人が平等な基準で物凄く狭い空間を共有し、簡単に出られない。否が応でも対話しかできない状況で語り合うことになります。現代でアートに求められる役割とはそのようなものではないかと考えました。俗世の身分をすべて排除して作品に対峙し、本来の自分自身として、真の意味で他者と向き合うからです。

チームとの意識の乖離と、独立しての挑戦

当初紹介をいただいたチームは、アートの現場を裏方として幅広く経験してきた私と、起業経験が豊富な方、ギャラリーの運営者が結集した顔ぶれに、アート系の事業に携わる方がメンターとなり、最強の布陣であると感じました。

 

まずはオンラインでの集中講義を受けて「リーンキャンバス」を初めて存在を知りました。異業種間の共通言語であると説明を受け、私と各メンバーの接点となりえる事業を6つほどまとめて提出しました。しかし、最初のチーム面談が開始した直後にアート現場の事情について詳細を説明するまでもなく、すべての案が却下されてしまいました。半信半疑で参加したけれどやっぱりこんなものかな、と議論の様子を観察していると、結局は「誰の作品を持っているのか」というパワーバランスで発言権・決定権が決まるポジショントークになっているように見えました。

 

多くのアート事業は、ポジショントークのためにアートをするという本末転倒が起きているように思っていました。「楽しかったね!みんな最高!」と内輪で承認しあって何かを達成した錯覚を覚えるほど、客観性が損なわれてしまいます。社会の実体から離れて空中分解し、自然消滅する事例を残念ながら嫌というほど見てきました。そういったことを解消するためにプログラムに参加したので、チーム面談の直後に「このチームかプログラムを抜けさせてください」と伝えました。

プログラムに参加した理由や課題意識

パスカルの思想を要約すると『人間の合理性は葦のような卑俗な雑草が考えているに過ぎず「船に乗り込んで」いて天命に従わねばならぬ以上は神に賭けるしかない』という、そんな論点があると思っています。私の主観的な発想では「生きていても面白くないことしかないよなぁ」と絶望しか想像できない毎日であったとしても、アートをやることで、極稀にではありますが、生の実感がありしばらく充実して過ごすことができています。宝くじを買うように多くを期待せず黙々とアートの裏方としての義務を遂行していると、どうも虚無を感じるのは自分だけではなく、また自分のせいでもなく、業界なり社会なりの構造の問題が潜むこともあると気付いてきました。

 

後進に同じ思いをさせるわけにはいかないとは思いつつ無力さに打ちひしがれていました。ある日、いつものように苦虫を噛みしめる思いで業界リサーチをしている時に、文化芸術に特化したインキュベーションプログラムの案内を見かけ、即座に日頃の義憤をどうにかしたい旨を綴って応募しました。正直、経歴も年齢もすべて不詳で、解決したい課題しか送っていなかったので返信があるとさえ思っていませんでした。

参加して良かったこと

初期段階でチームを抜け、新たなメンターの方にもビジネス構文を従順に採用しないことが無礼と見做されたのか、見放されてしまいました。しかし、そういったビジネス的な考え方や思考パターンを操る人々と接したことがなかったので、貴重なヒントになりました。後日、たまたま二子玉川蔦屋書店に行った時に、起業関係書が充実していたので10万円分ほど買い込みました。社会に影響を及ぼす手段として、会社を興すことや持続的な事業を行うという選択肢・方法論について、実践されている方々の理論的背景の概要を掴みました。

 

デモデイでは、事業についての提案を全部捨てて、自分が感じた文化経済とビジネスの協働の困難さを滔々と問題提起しました。配当ゼロに全てを賭けたのですが、結果的にYHIAISM ENTREPRENEURSHIP AWARDを受賞し、週次でYHIAISMとのMTGを続けることになりました。プログラム内では具体化しなかった構想も、ディスカッションの中で道筋が見えてきて、現在は、居住地近辺の課題にアートで変革を及ぼす企画準備をしています。地元の老舗企業にプレゼン等をして支援を募りつつ、アート関係者や新人作家の課題意識についてヒアリングを重ねています。

 

ようやくお話を聞いてもらえる方々と出会えて、未来に対して意欲を持てるようになりました。もし選ばれていなかったとしても、これまで通り水面下で活動を続けていましたが、経済側の方と対等に話せたことで飛躍的に課題解決方法の質と量が改善したと思います。

プログラムの意義とアートとビジネスの関係性について

アート界隈の人がスタートアップのスキルを身につけるだけで事業ができるかというとそうではなく、つまずきやすいポイントを幾つか把握しておく必要があると思います。スタートアップはどうしてもいかにマネタイズするか、資金に対しての見返りを考えられるのかという返報性を最重要視します。そこがアートとビジネスが水と油たる所以で、無償の遊び心が保証されてなければ創造性が損なわれてしまうのです。ビジネスとしての規模が大きくなるほどアート界隈の一次生産者は苦しくなると思います。この二律背反的な葛藤はその都度その都度、時と場合と人に真摯に対峙するしか解決方法はないと思います。答えのない問題にどう対処したら良いのか悩み考える特訓が出来たことが最も有益でした。このプログラムは従来では育成不可能であった人材を涵養できることで、アートに繋がる各分野にかなり強い影響力をじわじわと発していくはずです。

 

また、プログラムで出会った、地方で陶芸をやられている方が印象的でした。レジデンスや都会での委託販売をせずあくまで地域密着の取り組みを目指す。まさしく土と共に活きる方がオンラインで最先端のスタートアップの概念や持続的な事業創造について知識を得て、活動を深化させる機会は、これまではなかったのではないでしょうか。ずっと裏方に従事してきた私にとっても新鮮でした。

ビジネスと芸術文化で共通言語を操れる人の母数を増やしていく

現在は、北関東の町おこしも射程にいれたアートプロジェクトを準備しています。空き家や荒廃農地や過疎化といった社会課題解決も絡めつつ、地元民間企業や自治体も連携するアートプロジェクトを構想しています。アート業界には縦割りの保守傾向があり、領域横断的な発想は生まれにくく、日本の国際競争力の阻害要因の一つになっているように思います。政治経済を実際に動かしている方々の「変えたい」という熱意にも触れることができましたので、現場の同調圧力にめげずに、再トライしていきたいと思いを新たにしています。

 

アーティストには、美大や芸大を卒業した後にアトリエや活動拠点が確保できず、営業機会を失う構造的な問題があります。それなら地方の空き家で国際進出拠点をつくってしまえばよい、というのが今進めているプロジェクトの基本的方針です。副次的に多くの展開が考えられますので「100の企画書をつくり1000のアーティストを輩出したい」と謳い、そのための協力者を必死でかきあつめています。

 

公共事業としてライフラインやインフラは優先度が高くなります。アートも、コストパフォーマンスが良く社会課題を解決できることをプロジェクトを通じて提案していきたいと思っています。このプロジェクトは、同業者にとっても突飛すぎる提案となりますので、異分野の方に話してもイメージをすることが困難であると思っています。そのため、職業種別の、境界を超えても理解が可能な共通言語を用いた企画書をつくり、それを操れる人の母数を増やしていく必要性を感じています。

 

文化による地方創生事業を推進する傍ら、事例を元に論文を書いて、地方創生とアートの基盤となるたたき台をつくりたいとも構想しています。

どのような人がプログラムを受けると有益か

何十年も指摘されているにも関わらず変わらない問題があります。芸術や美術を学ぶ大学生の方たちがお金を稼ぐ方法を学ばないため、経済的に搾取されやすい構造にあるということです。確定申告のやり方もわからず、どれを経費にするのかもわからないといった、無知による問題です。基本的な活動基盤は、表現活動の広がりはもちろん、芽が出るか出ないかに影響してきます。私も、このプログラムがなければ、ビジネスの方に対して苦手意識や偏見があったたままで、会話が噛み合わないままであったと思います。

 

特に学生や二十代前半の方々が参加すると良いと思っています。与えられた環境で自分の顕在意識と潜在意識をフル稼働してカオスの渦中に自分を投じていく、そんな経験がレジリエンスが高くて崩れにくい自分を創っていくと思います。ぜひ学生のうちに参加してほしいですね。若い頃から「対話」と「懇親」を使い分けたコミュニケーションを取り始めることで、相互理解の可能性が広がるからです。このプログラムは柔軟で多角的な視野のある美術の大学生たちが日本を変えていくスタート地点になればいいと思います。

 

同様に、長年一つの分野で活動されてきたリタイア世代の方、私のように裏方を努めてきた方々が、若い人々に知恵を伝達するプラットフォームになればと思います。まさしくルネサンス!

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